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Archive | 2013年11月09日

真吾の雑感 弓術と弓道、将棋と棋道について。

今回の記事は、真吾の雑感です。


以前の記事に、真吾オジサンは将棋の世界は芸道化すべきである云々と書きました。
棋道化すべきであると書きました。


将棋の世界ってね、正直なところ、
やくざな面が多いと思うんですよ。

それが良かれ悪しかれ、
勝ったほうが強いということになり、
人間の出来栄えがいいとなっている面がありますよね。

こうなっているので、子供でも女性でも貧乏人でも
チャンスはあることになるわけです。


ただ反面、強ければあとはどうにかなるものさ・・・
という風にもなりやすいとも言えると思うのです。
こうなっておりますとね。


陶冶されていない人なり、団体なりがある強さを持てば
その強さはやくざなことにつかわれ易くなるのも
容易に予想されることですよね。

北朝鮮が核兵器を持つようなものです。
こうなりますと人騒がせなことにもなるわけですね。(笑)



しかし、こういうやくざなことは
「道」に出来るとかなり予防し易くなるようにも思うのです。


なので、将棋の世界は棋道になればいいのにな、と思うわけですね。



将棋の世界は弓道の世界を見習ってもいいのではなかろうか?と思いますね。


 Wikipedia 弓道

Wikipediaの「歴史」のところをご覧いただけましたか?
こう書かれてあるところがありましたよね。





明治・大正[編集]
武士の表芸である弓術は、幕末から明治になり、それまでの身分制度が崩壊し、軍隊に西洋の最新兵器が導入されるという時代の流れに伴い、大きく変遷を強いられた。幕末の1862年(文久2年)、幕府における「弓術上覧の儀」が廃止され、講武所の教科目からも弓術が除外された。続く1867年(慶応3年)の大政奉還により伝統的な弓術文化は幕藩体制・武家社会の崩壊と共に大きな衰退を余儀なくされた。1871年(明治4年)には廃藩置県により藩校で行われていた武術教育も姿を消し、弓術に限らず武術全般で実用性が見いだされなくなり、武術衰退に拍車をかけた。明治維新以前は、弓を引くことは一部の例外を除いて武士階級のみが許されていたが、維新後は一般庶民でも弓が引けるようになり、急速に遊戯化・娯楽化が進んだ。
他方で既に遊興の道具としての弓矢は民衆の間で存在しており、盛り場での賭弓場が維新後の都市部で大流行した。賭弓場の多くは風俗営業であり、明治政府から規制を加えられるほど盛況化するなど、明治初期には一般的に弓といえば賭弓場を連想するほどに弓射文化は衰退していった。このような世相に煽られ公的な弓術道場が姿を消していく中、私設弓術道場を開くなど弓術古来からの伝統を正しく引き継ごうとする真摯な弓術家[注釈 2]の活動により、日本弓道の命脈・伝統文化は保たれていった。
明治中期に入ると初等教育の開始や徴兵制度の徹底、日清・日露戦争での勝利などを背景に、愛国心の高まりと共に社会情勢は国家主義的思想が台頭した。国策により武術が利用されはじめ、国民は弓道を含めた各種武道・武士道の再認識・尊重をするようになった。このような社会風潮を受け、1895年(明治28年)、京都在住の有識者により各種武術を統括する団体として大日本武徳会が設立され、京都の平安神宮境内に建設された武徳殿を本部とした。弓術をはじめとする各武術は、技術を目的とした武術を改め、大和心の涵養を目的とした武道とし、1920年(大正8年)、武術専門学校を武道専門学校と改称、時を同じくして弓術も「弓道」と改称された。反面、遊興的に『中りさえすれば良い』とした衰退期の反動から、『射型さえ良ければ中らなくても良い』とする過度な精神性の重視が広まった側面もあった。
また、大正から昭和初期にかけて、本多利実とその弟子達によって行われていた正面打起しの射法が大流行[注釈 3]した。後に利実の弟子達はこの射法をもって本多流を称した。





将棋の世界は、将棋界のディープブルーが登場するのも時間の問題でしょう。
もう本当のところ、コンピュータ将棋のほうが名人・竜王を超えていても
不思議なことでもなんでもないのです。


なので、これをいい契機くらいにでも思うて、
将棋が棋道になればいいなと真吾オジサンなどは思いますね。


コンピュータ将棋の進化に目を背けるのではなく、
こういう風になればいいのにな、と思いますね。




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【ブロマガ】2013年11月号 その9 激指10<全戦型>六段+の歩三兵 vs 真吾オジサンの飛・角・左香落ち 2013.10.23 60秒 棋譜

今回の記事は、激指10<全戦型>六段+との対局の棋譜です。

昨日の記事とように、今回の記事でも
真吾オジサンが下手になって指した棋譜です。

「盤面編集(E)」を使いまして、
激指のほうはいわゆる歩三兵に設定しました。
真吾オジサンのほうは飛車と角と左香を落とした設定にしました。

この逆の構図、もしくはほとんどそれ風に棋譜は
2013年9月号に書いたように思いますが、
そのときの棋譜と今回のこの棋譜とを比較して頂けますと、
人間とコンピュータ将棋との指しまわしの論理とでも言いますか、
そういうものの違いを感じて頂けるのではあるまいか?と思っております。

なので、折角の機会ですので、
そちらのほうの棋譜も御覧頂けますといいように思います。



2013年10月23日

▲真吾オジサン     (飛・角・左香落ち)
△激指10<全戦型>六段+  (歩三兵)

思考時間の上限を60秒に設定したものでした。




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